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東京高等裁判所 平成3年(行コ)42号 判決

千葉県市川市北方二丁目一番一三号

控訴人

島村好子

東京都江戸川区平井四丁目七番一三号

控訴人

島村康雄

同所

島村克之

同所

島村孝之

右四名訴訟代理人弁護士

岩崎精孝

千葉県市川市北方一丁目一一番一〇号

被控訴人

市川税務署長 大西幸策

右訴訟代理人弁護士

高田敏明

右指定代理人

梅津和宏

寺島進一

青野正昭

酒井敏夫

主文

一  本件控訴人を棄却する。

二  控訴人用は控訴人らの負担とする。

事実

一  控訴人らは、「原判決を取り消す。被控訴人が昭和六二年三月四日付けで島村延壽の昭和五九年分の所得税についてした更正及び過少申告加算税の賦課決定処分のうち、納付すべき税額五七一三万三四〇〇円、過少申告加算税五六八万八〇〇〇円を超える部分を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の主張及び証拠関係は、以下のとおり補足するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人ら)

1  被控訴人の行った本件土地(一)アないしキの時価の算定方法は不合理である。すなわち、

被控訴人は、本件土地(一)アないしキの時価につき、江戸川区平井の四箇所の標準地の公示価格とその路線価の比準倍率を求めてその平均を出し、それをもとにして算出する方法を採っている。しかしながら、公示価格と路線価の比準倍率は、地理的環境の良い物件ほどその倍率が高くなる傾向にあることが明らかであるから、本件土地(一)アないしキの時価を算定するには、右土地と類似する地理的環境にある標準地を手掛かりにして算定すべきであり、単に江戸川区平井地区のすべての標準地についての路線価との比準倍率の平均をもとにしたのでは合理性がない。少なくとも本件土地(一)アないしカは荒川放水路に近く位置し、公示価格の標準地よりは著しく地理的環境が悪いことは明らかであるから、時価を算定する方法としては、標準地のうち一番地理的環境の類似する平井四丁目八五六番三を基本として、本件土地(一)アないしカは右標準地より更に地理的環境が悪いから、右標準地の比準倍率である一・四九よりも更に数字を減ずるのが相当である。そして、その比準倍率としては、標準地のうち最も地理的環境のよい平井六丁目二〇番五と平井四丁目八五六番三との比準倍率の差が〇・四二であることを考慮すると、少なくとも比準倍率の平均値の二分の一である一・三三五倍程度とするのが最も合理的である。

2  本件土地(二)ア7については、島村延壽と有限会社進円商会との売買契約当時、控訴人島村好子に対して借地権が設定されていたことは明らかであり、それを考慮して時価を算定すべきである。

(一) 林冨士雄に賃貸していた土地について

島村延壽は、本件土地(二)ヲ7の一部を林冨士雄に賃貸していたが、昭和四九年に控訴人島村好子が林から借地権及び地上の建物を買い取った。そのことは、甲第三号証(覚書)、第六号証(土地賃貸契約書)により明らかである。

甲第六号証の土地賃貸契約書が、そこに貼付してある収入印紙からみて、その作成日付である昭和四九年七月当時作成されたものではなかったとしても、島村延壽と控訴人島村好子との間に賃貸借契約が存在していないという理由にはならない。右契約書は日付を遡らせて作成されたものである。また、林冨士雄が控訴人島村好子に売却した建物を自ら取り壊したのは、甲第三号証の覚書により林が右建物を一〇年間無償で使用し、占有していたからである。占有していた者がこれを取り壊すのは自然なことである。なお、売却後建物の登記名義を変更しなかったのも、将来の取壊しを予定していたからにすぎない。

(二) 鳥井市太郎に賃貸していた土地について

鳥井から昭和四九年に借地権及び地上の建物を買い取ったのは、控訴人島村好子である。そのことは、甲第四号証の一、二(登記簿謄本)、第五号証の二(念書)により明らかである。

鳥井の借地上の建物の登記名義がいったん島村延壽に移転され、その後控訴人島村好子に移転されているのは、以下の理由によるものである。すなわち、鳥井側がいったん第三者に右建物を売買する約束をして、手付金の授受もされたが、地主の了承がなかったため、これを解消して、控訴人島村好子に売却することとしたものの、当初の第三者との売買契約の解消に伴う手付金の倍戻しを避けるため、不動産業者及び右第三者に対して地主の先買権が行使されたと説明するためにしたものである。なお、甲第五号証の二の念書中に買主島村延壽と記載されている部分はこれを書いた鳥井實の単なる誤記にすぎない。

(被控訴人)

本件土地(一)アないしキの時価の算定のため本件で採られた方法は、本件土地(一)アないしキの時価を捕捉、測定する方法として合理的なものである。そして、地価公示法に基づく公示価格が、通常は時価をある程度下回るものであることは公知の事実であるところ、被控訴人が算定した本件土地(一)の時価の額は、乙第一号証からも明らかなとおり、市場価格を下回るものである。

なお、控訴人らは、本件土地(一)アないしキの公示価格比準倍率を一・三三五倍とすべきであると主張するが、これをもとにして本件土地(一)の時価を算定すると、一億一八〇三万五九〇九円となって、被控訴人が本件更正処分において認定した本件土地(一)の譲渡収入金額一億一六一六万一二一一円を上回り、主張自体失当である。

理由

一  当裁判所も、本訴請求は理由がないものと判断するが、その理由は、以下のとおり補足するほかは、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。

1  本件土地(一)アないしキの時価の算定方法の合理性について

被控訴人は、右各土地の時価の算定方法として、まず、右土地に沿接する街路の路線価から相続税評価額(これが時価より相当低いということは、公知の事実である。)を算定し、これに公示価格比準倍率(地価公示法に基づく公示価格を当該土地に沿接する街路の路線価で除した数値)を乗ずることによって時価との乖離を修正し、公示価格比準倍率としては、江戸川区平井に存する四箇所の標準地について得られた公示価格比準倍率の平均値を用いる方法をとっていることは、その主張自体から明らかであるところ、控訴人らは、公示価格比準倍率は、地理的環境の良い物件ほどその倍率が高くなる傾向があり、本件の標準地はいずれも本件各土地よりも地理的環境が良好であるから、本件土地(一)アないしキの時価を算定するに当たっては、各標準地の比準倍率の平均値を用いるべきではなく、標準地のうち、もっとも本件各土地の地理的環境に近い平井四丁目八五六番三の土地の比準倍率を基本とし、それより更に倍率を減ずるべきであると主張する。しかしながら、公示価格のみならず路線価も、それぞれの地域の個別的要因を考慮して算定されているのであるから、両者の乖離の程度につき、地理的条件の良い地点ではその程度が大きくなり、地理的条件の悪いところではその程度が小さくなるとは直ちに断定することはできない。平井地区の標準地四箇所につき得られた公示比準倍率の数値には、確かにある程度ばらつきがみられるが、このばらつきが標準地の地理的条件の差異によって生じたと判断するに足る証拠もないから、控訴人らの主張するように、平井地区の標準地のうちある一箇所の標準地の比準倍率を本件各土地の時価算定の基本とすべきであるとするのも相当とはいえない。このように、ある一箇所の比準倍率だけを基本として時価をみていくことに特段の根拠がない以上、四箇所すべての比準倍率を平均した数値を用いて、個々の数値に含まれる特殊ないし偶然的要素をなるべく排した上で、本件各土地の時価を算定することにはそれなりの合理性があり、これを直ちに不合理ということはできない。なお、本件の時価の基準としている公示価格は、そもそも現実の実勢価格よりある程度安く評価されていることは、公知の事実であるうえ、成立に争いのない乙第一号証からみても、被控訴人主張の本件各土地の評価額が時価を超えないことは明らかである。

したがって、控訴人らの主張は理由がない。

2(一)  林冨士雄の借地権の売買について

控訴人らは、控訴人島村好子が林冨士雄の借地権及びその土地上の建物を買い取ったと主張するが、これを直接証する唯一の書面(甲第三号証)なるものは、表題が覚書となっており、その体裁や記載内容からしても、証拠としてそれほどの価値を置くことはできない。また、この売買を間接的に裏付けるはずの控訴人島村好子と島村延壽との間の土地賃貸借契約書(甲第六号証)は、原判決認定のように、控訴人らの主張する賃貸借契約成立の時点より後に作成されたものであるところ、両者が親子であることや、賃料は土地の管理料と相殺するとして現実に支払がされていないこと(甲第六号証、第七号証)を考え合わせると、後に賃貸借の形式を整えるために作成された疑いもあり、真実賃貸借契約があったことを認める資料とはなし難い。しかも、原判決認定のように、建物の売買があったといいながら登記もされず、建物から上がる賃料も林が受けとり、最終的に建物を取り壊し更地にしたのも林である(甲第七号証)というのであるから、建物売買の実質は全くないといわなければならない。また、控訴人らの主張するとおりであるとすると、借地の面積が減ったはずであるが、林は、その後も以前と同じ額の地代を払っており(甲第七号証、乙第一一号証)、島村延壽も、所得税の更正の請求に際しては、従前と変わらない面積である三七・六坪を林に対する貸付面積として申告していた(乙第四号証)のであって、これらの事実は右主張と矛盾することになる。このような諸点を考えると、控訴人らの主張は不自然であり、その主張に沿う甲第七号証及び第九号証の各記載は、到底信用し難い。むしろ、原判決認定のように、林冨士雄と島村延壽が、昭和四九年ころ、借地権の期間が満了する昭和五七年に、林において貸店舗兼共同住宅の敷地部分を無償で地主の島村延壽に返還する代わりに、島村において自宅敷地部分を安い値段で林に売り渡す旨の合意をし、それをその後実行したとみるのが相当である。

(二)  鳥井市太郎の借地権の売買について

控訴人らは、鳥井から借地権及び地上の建物を買い取ったのは、控訴人島村好子であると主張する。確かに建物売買契約書(甲第五号証の一)においては、控訴人島村好子が買主と記載されている。しかし、他方、念書(甲第五号証の二)の本文においては、買主が島村延壽と記載されており、原判決認定のように、登記簿上も、売買を登記原因として延壽に所有権移転登記が経由されている。そして、このことに、原判決が認定する、鳥井側はいったん第三者に建物の売却をしようとしたが、控訴人島村好子から地主以外の第三者に売ることができないといわれたため、第三者との契約をやめて本件の売買契約を締結するに至ったという経緯を勘案すると、本件の売買は、鳥井と地主である島村延壽との間でされたと認定するのが相当である。もっとも、登記簿上は、その後、真正なる登記名義の回復を登記原因として、島村延壽から控訴人島村好子に更に所有権移転登記がされているが、右登記手続は、鳥井とは無関係に、延壽と控訴人島村好子との間でされ得るものであって、鳥井との売買の実体を正しく反映しているとは限らない。また、甲第六号証が必ずしも信用が置けないものであることは前記のとおりである。

なお、売買契約書上買主を控訴人島村好子と記載したのは、同女が地主の娘として、売買交渉の窓口となっていたため、文書を作成した鳥井實が、同女の要望に従い、そのように記載したにすぎないと認められる(乙第九号証)。また、控訴人らの主張に沿う甲第七号証(控訴人島村好子の尋問調書)記載の供述内容は、それ自体直ちに信用し難い。

以上、本件土地(二)ア7につき、控訴人島村好子に借地権が設定されていたことを前提に時価を算定することを主張する控訴人らの主張は、前提を欠き、理由がない。

二  よって、控訴人らの控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官 大坪丘 裁判官 近藤壽邦)

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